みらいへのバトンVol.6 「畑はみんなの幸せを生みだす舞台!」小泉博司さん 菊池猛さん

多摩丘陵につながる丘陵地帯の農耕集落が、住宅地開発で切り開かれ、都市型農家となっていった流れを見続け変化に対応してきた小泉農園。
祖父の代は戦中戦後、父は高度成長期、そして息子はまた新しい時代を経ながら、畑をさらに豊かな育みの場にしている。腕利きのシェフや子育て世代、馴染みのお年寄り、さまざまな人達がやってくる不思議な農園が今回の主役だ。

プロフィール
小泉博司さん(右)

小泉農園三代目。川崎市宮前区で野菜に加え、「わがままいちご」と命名したこだわりのいちごや加工品を作る。将来日本の農業のハブになることを目指し、周辺の都市農家の後継者とともに農家の可能性を広げる。農園フェスの実行委員長。https://www.facebook.com/koizuminouen

菊池猛さん(左)

ビストロカプリシューシェフ フランス料理歴20年。「子どもが食べても一口めでおいしいと言える」「誰が食べてもほっとできる味わい」をモットーにビストロでフレンチを作る。その傍ら、農園や小学校で料理教室を開催し食文化の啓蒙を続ける。小泉さんとともに農園フェス実行委員として初回から携わる。https://www.facebook.com/b.capricieux

三代の個性をつなぐ老舗農園

神奈川県川崎市宮前区の三代が営む農家、小泉農園。実は16代続き、200年の歴史を誇る。その昔、多摩丘陵につながる丘陵地帯で平瀬川の水源を中心とした農耕集落がこのあたりに広がっていた。
「オイラの頃は山ばっかりだったよ」と話す小泉正博さん(大正14年生)。採れた農作物をリヤカーや手押し車に乗せ、山道を抜けながら市場に運んでいた。昭和35年頃、山を担保に中古の三輪自動車を当時15万円で買った時のことを今でも忘れないという。働き者の家族の中で育ち、徴兵も経験した正博さんは忍耐強く、また前向きな性格で常に農家の未来を考えていた。昭和40年台に入り、もっと生産者と消費者の距離を縮められたらと、生協(生活協同組合)に野菜部会を作ることを提案、すぐに承諾を得た。「近所の団地の人たちが、『小泉農園のきゅうりはちゃんととげがある』って評判になってよ。喜んでくれたんだよ」と嬉しそうに正博さんは当時を顧みる。 「1年毎に『今年はどうだったかな』と畑のことを振り返って、また前進。子どもを大きくしていくようなこの仕事がオイラにはぴったりだったんだな」と話す正博さんの姿は、後を継ぐ息子、孫に農家の誇りを刻んでいる。

路線の開通や住宅地として山が切り開かれ、都市型農業に変化し始めた時代に継いだ二代目富生さん(昭和25年生)は、大学卒業後、ヨットで太平洋横断という経験の持ち主。農家を継いでからは、農業をより安定させるために地元の農家と組み『向丘農産物流通組合」を結成し、地方の大規模農家とはまた別の切り口で新しい農業スタイルを開拓。地元大手企業の社員食堂の残飯を肥料にするなど環境保全型農業にも積極的だ。

外の世界を見たいと親に頼み、2年間サラリーマンを勤めた三代目の博司さん(昭和52年生)も、家業の仲間入りをするときに、さらに小泉農園に新たな魅力を加えようといちごの栽培を取り入れた。
「戦中戦後の厳しい時代に実直に農業を営み、さらに改革に努めたじいさんを尊敬するし、オヤジも新たな取り組みをしてきた。同じことをやってもつまらないし、野菜はオヤジが現役。ならば俺なりの視点で」。実をつけるまで時間のかかる果樹でなく、高くても嫌いな人がいないもの、と考えてたどり着いたのがいちごだった。初めての分野は知らないことだらけ。いちごの師匠と呼べる人の現場についてまわり、学んだのは「誰が作っても全く同じものはできない。だからうまい色とうまい時期を熟知しろ」ということだった。ハウスには半袖で入っていちごが喜ぶ温度を肌で計り、触感で状態を知る。
「暑い、寒い、面倒を見て!」と言ういちごのわがままに付き合わされるので、『わがままいちご』と命名した小泉農園のいちごは大人気。川崎産のいちごとして新しいブランドを確立した。いちご摘みの時季は県内外から問い合わせの電話がひっきりなしに鳴る。

それぞれに先代から引き継いだものを生かし、そして自分ならではの農家の未来像を加味させて拡大していく小泉農園。個性派が代々継ぐ家業の発展は、未来をつなぐ事例としても興味深い。

91歳とは思えないほど
元気で明るい正博さん

農園の顔。摘みたての「わがままいちご」

農園に新しい息吹をもたらした出会い

ある日、「フレンチレストランをやっていて、地元の野菜を使いたいので収穫させてもらえないか」と男性がやってきた。変な奴が来たなあと思いつつ、「適当に採って、自分で持って行ってくれる分にはいいよ」と返事をした小泉さん。まさかその後、農園フェスまで立ち上げる仲になろうとは思いもしなかった。
変な奴とは川崎市にあるビストロカプリシューのシェフ菊池猛さんだ。フランス・リヨンに渡航後、神奈川県の平塚市でフレンチの料理長を8年務めた。そこでは地産地消の考えで、近隣農家が作る地元野菜で料理を提供していた。2012年カプリシューの立ち上げで、店全体も任される料理長として声がかかった。「ここでも地元野菜を使って、ビストロらしい誰もがホッとする料理を作ろう」と、以前聞きに行った農家フォーラムでメモしておいた農家を思い出し、小泉農園を訪ねた。
「飲食店が野菜の収穫に来ても継続しないのが悩みだと、平塚にいる頃から農家さんたちに聞いていました。僕はビジネスパートナーの自覚を持って毎日自分で通って、自分の目で収穫させてもらうことをポリシーにしていたし、畑の間引き役として、傷がついて市場には出せないけれど、料理には十分おいしい野菜をうまく収穫することも、畑の循環として大事だと思っています」。
訪ねて一番最初に採ったのはお盆の端境期ということもあり、青いトマト。南仏プロヴァンスではそのシャキシャキ感を生かした料理やコンポートなどによく使われることを熟知していた菊池シェフにとっては嬉しい収穫だった。
「うちの野菜に興味持って通ってくれるし、何か面白いことが広がっていくんだからいいんじゃない」(笑)と小泉さん。
哲学を持って食を深める菊池シェフと、おおらかで、農家育ちの肥えた舌を持つ小泉さん。こうして2人は互いのこだわりを少しずつ理解していくようになり、それは農園フェスにつながるのだった。

さて、今回、小泉農園の農産物を知り尽くす菊池シェフが文右衛門蔵で作るのは、「焦がししょうゆのキャラメルムース」。生しょうゆの香ばしい香りを生かした珍しいスイーツの誕生だ。
キャラメルとしょうゆのほろ苦さが効いたムースに、甘いいちごがさらりと爽やかな存在感をみせる。さすが菊池シェフの腕にかかると、しょうゆが前面に出るというよりスパイス的アクセントに。

しょうゆは焦がしてスパイス的に

『文右衛門蔵版スイーツ 焦がししょうゆキャラメルのムース』作り方(2人分)

【材料】
A:グラニュー糖 30g/生しょうゆ 10cc/生クリーム 20cc/牛乳 250cc
B:卵黄 3個/グラニュー糖 35g
ゼラチン 3~4g
生クリーム 40cc
いちご(今回は小泉農園のわがままいちご) 適量
粉砂糖:適宜

【作り方】
①Aのグラニュー糖を弱火の鍋でキャラメル状にする
②飴色になったら生しょうゆを入れる
③生クリームを加えた後、温めた牛乳を加える
*point 牛乳は先に入れない
④ボウルにBの卵黄とグラニュー糖をすり混ぜ、③を合わせる
⑤④を鍋に戻し80度位でまでゆっくり加熱。水で戻したゼラチンを加え、裏ごしして冷ます
⑥別のボウルに生クリームを8分だてにホイップ。そして、⑤を合わせる
いちごを添え、粉砂糖を軽く振って出来上がり。
(飴細工などを載せればいっそう本格的に)

みんなの幸せを育む舞台 それが畑

菊池シェフが収穫に来るようになり2年経った頃、小泉さんが菊池シェフになにかのイベントに畑を使ってみたらと勧めた。それなら他にも店舗を集めて、小泉さんへのお礼をこめて農園フェスをやってみようと菊池さん。
小泉さんにとっては小さい頃から当たり前の景色であり、日常生活の畑。よその人にとって面白みがあるか全く疑問だったという。
「よくわからないけれど、トライしてみることは面白そう」と手探り状態でコマを進めた。カプリシューのフレンチ料理の他、アジアン、イタリアンなどが加わり、もちろん材料は小泉農園初め、仲間の農家が作る川崎野菜。ライブイベントやワークショップも。子どもたちは、今日ばかりは服をどんなに汚しても叱られないと、畑で泥んこ三昧だ。
「自宅の近くにこんなに畑があったなんてびっくり。地元野菜に親しみが湧きました」、「畑を介してご近所付き合いみたいな感覚が芽生えました」」と農園フェスに訪れた人たち。
小泉さんにとって日常の畑が、訪れる人たちにとって非日常の憩いの場になっている光景は実に新鮮だった。

回を重ねるごとに農園フェス実行委員に新しい仲間が増える。web制作者や板金屋、消防士など農家とは無縁の人種。「だから化学反応が起きて面白いんだよね」と小泉さん。
しかし毎回ミーティングではメンバーが見ている方向は同線上にあることを実感する。それは畑が人と人や、人と物・コトをつなぐハブになること。
食育であったり、生産者と消費者の交流の場であったり、災害時の避難場所としての役割も果たしたり、畑には食にとどまらない無限の可能性が広がっている。

アメリカで進んでいる農業システムCSA(Community Supported Agriculture)。「地域コミュニティに支持された農業」と訳される。
「これをもっと学び、今受け継いでいる若手農家仲間とも共有し、試みながら自分たちの新しい農業を育んでいきたい」と話す小泉さんは、将来は川崎が日本の農業のハブになることまで描いている。
「畑解禁!」。さまざまな垣根を越えて、日々、小泉農園を舞台になにやら面白いことへの種まきがなされているようだ。

畑は新たな交流の場に

本格シェフたちが軒を連ねる

子どもたちの目線に並ぶいちごは大迫力

とうとう農園フェス実行委員による
おやじバンドも結成された

文右衛門蔵はいかがでしたか?

菊池シェフ:香りがとてもいいですね。実は、万能調味料という日本人的感覚でしょうゆをフランス料理に取り入れると、しょうゆのうまさを知っているだけにアウトなんです。でもこの香ばしい香りをフランス人的にスパイスとして生かすことで、調和のとれたスイーツができました。

小泉さん:想像しにくかったけれど、おいしいですね。しょうゆの香ばしい味といちごがまたいい感じに合っています。さすが菊池シェフ!

取材・文/山本詩野 写真/松本祥孝

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